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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)8697号 判決

事実

原告林紡績株式会社は、訴外株式会社王様商会振出、被告菱田商会裏書の約束手形六通(額面合計金三百万円)を融資割引により取得し、現にこれを所持するものであるが、支払期日に支払を得られなかつたので、右手形の裏書人たる被告に対し右手形金及びこれに対する利息の支払を求めると述べ、更に被告の抗弁に対し、被告は本件手形の如く被告を裏書人とする多数の手形が割引に出されていることを充分承知し、了解していたものであるから、被告は裏書人としての責任を免れないものであると主張した。

これに対し被告菱田商会は、被告は訴外株式会社王様商会の三十年来の取引先であるが、本件約束手形の振出及び裏書は何れも右王様商会が自己の金融の便に供するため、被告不知の間に恣にその名義を使用し、かつ、被告名義の署名印鑑を偽造し、これを行使してなされたものであるから、被告にはこの支払義務はないと争つた。

理由

証拠を綜合すると、訴外株式会社王様商会は昭三十一年五月頃約束手形の割引による融資を受けるために額面合計金三百万円の約束手形六通を振り出したが、その際割引を容易ならしめるために商業手形の形式を整えるべく、かねて保管していた菱田商会菱田喜一なる被告名義の記名判及び被告名義印鑑を使用して右約束手形六通にそれぞれ裏書人の署名(記名押印)を作成し、これを一括していわゆる手形ブローカーである訴外岩尾某に手交してその割引の仲介を依頼し、右岩尾はこれを訴外成瀬某に同じく手形割引仲介を依頼して交付したが、原告林の紡績株式会社は右成瀬の仲介により本件約束手形六通を割引により取得したことを認めることができる。

被告は、右約束手形六通の各裏書人の署名は被告不知の間に王様商会が偽造した被告名義の記名判及び印鑑を使用してこれを偽造したものであるから、被告にはその裏書人としての手形上の責任はないと主張するので、この点について判断するのに、証拠を綜合すると次のような事実を認めることができる。

すなわち、(一)昭和二十九年九月頃王様商会代表者甲斐惟隆は、訴外日本相互銀行の蔵前支店長井上芳次に右王様商会の受取手形の割引を依頼したところ、当時右蔵前支店は王様商会と取引がなかつたので右井上と相談の結果王様商会とは三十余年来の取引先に当り同人らの知己である被告の名義を借り受けて同支店にその預金口座を設け、これによつてその割引をすることとし、その必要の都度被告の印鑑を借りる煩わしさを避けるため、甲斐の依頼によつて井上が菱田商会菱田喜一という被告名義記名印及び被告名義印鑑を作成してこれを保管し、これを使用して同支店に被告名義預金口座を設け、かつその必要に応じて随時これを使用して王様商会の受取手形を割り引き、右約束手形が支払を受けたときは右口座に振り込む等の操作をなすにいたつた。(二)右事項について井上は、当時被告に対して、右被告名義記名判及び印鑑は王様商会の代金取立のために被告名義の預金口座を設けるべく作つたもので、右代金取立のため以外には使用せず、被告には絶対迷惑をかけない旨を話して諒解を求めたところ、被告は特にこれについて反対をしなかつた。(三)ところで王様商会は資本少くして多額にのぼる取引をなすために、いわゆる季節資金として市中金融業者より資金の融通を受ける必要に迫られ、昭和三十年三月頃より右井上が保管している被告名義の記名印及び印鑑を用いて随時王様商会振出被告裏書名義の恰かも商業手形であるような形式を整えた約束手形を作成し、その割引によつて他から融資を受けるようになつた。(四)この間王様商会は、右のような約束手形の作成についてはその都度被告の諒解を求めることをしなかつたが、本件約束手形の割引を依頼する以前において、数回に亘り、手形割引をする者の態度によつてその事情を被告に告げ、被告もまたそれらの手形割引をする者が調査のため被告に照会してきたときには、王様商会より受け取つた手形である旨を答え、あるいは裏書人として直接割引金の交付を受けて王様商会にこれを交付する等のことをした。

以上のとおり認められるのであつて、これらの認定事実によれば、被告は、王様商会が本件約束手形六通を振り出す当時、同商会がこれらの約束手形が恰かも商業手形であるかのような形式を整えるために、それぞれ裏書人として被告の名義を使用してその割引を受けることを暗黙のうちに許諾していたものと推認するのが相当であり、従つて被告の右各裏書人の署名が偽造であるとの主張は理由がなく、また他の証拠によれば、原告はこの点について善意であつたことが認められるから、被告は本件約束手形六通につき各裏書人としての責任を免れないものと解するのが相当であるとして、原告の請求を正当と認容した。

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